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「Labeless®」の仕組み

最終更新: 1月19日

特殊な顔料が含まれた白い印字エリアが塗布された缶に、レーザ印字機を使い印字ができるシールラベルが不要な18リットル缶、それが「Labeless®」です。

創業72年の歴史の中で培った18リットル缶の製缶技術とシルクスクリーン印刷の技術を活用し、レーザマーキング用顔料を塗布することで、現行のシールラベルに代わるラベル部を実現することができました。スクリーン印刷は、ポリエステルなどの合成繊維やステンレスなどの金属繊維で織った「スクリーンメッシュ」を用いた版(スクリーンマスク)を使用する印刷方法です。スクリーンマスクの網目にインキを通過させ、対象物へ印刷する「孔版印刷」の一種です。

塗料の配合条件、塗料の乾燥条件、レーザ印字の出力条件など、全ての要素にトレードオフの関係がある中、最適な条件出しを行い、製品化まで漕ぎ着けました。


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