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生野金属の歴史・生い立ち②

前回から生野金属の生い立ちをご紹介しておりまして、今回は第2回となります。


今の製造拠点がある高石市に移したのが昭和51年5月。遅れて昭和56年2月に一般缶工場を併設し布施工場から全面移転をしました。当時の国内は二度のオイルショックの影響により、戦後の経済成長率がストップした時代でしたが、弊社は世の流れに逆行したように作れ作れの繁忙時期で、生産能力増強の新拠点として高石市を選んだようです。今とは違い景気のいい話ですね。50~60年代は40年代から引き続きどちらの工場も忙しく、一般缶では家電製品の製造・組立はもちろんのこと、加え電気ポット・もちつき機・電子レンジの本体部分の製造も行っていました。砂糖缶におきましては、缶を作るだけではなく、砂糖の詰め作業まで行っていました。


平成に入ってからはテーパー缶、特寸缶の製造販売開始。新設備として丸塗料缶ライン、紙管を製造する設備のラングストンの導入やロボット溶接機を用いたエックススタンドの製造など、缶に限らず製造種類の幅を広げてきました。紙管とは紙製で作られた筒や管のことであり、弊社では入浴剤やパスタ向けの紙管を製造していました。エックススタンドは、ゴミ袋を装着するためのスタンドで、名前通りアルファベットの「X」の形をしており、溶接・塗装を弊社でおこなっていました。残念ながら昭和時代から続いていた家電製品の組立・製造は、需要減や海外生産へのシフトなど時代の流れにより次第になくなっていきました。


次回で最後になります。

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