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生野金属の歴史・生い立ち

弊社をまず皆さんに知って頂くため、今回は生野金属の歴史に焦点を合わせ説明したいと思います。創業当初からの話のため、かなり昔話になりますがお付き合い下さい。


弊社は昭和22年1月に大阪市生野区で現在の「生野金属」の前身、「生野金属製作所」の社名で創業しています。社名の由来は至って単純、大阪市生野区で立ち上げた会社だからです。創業当初はブリキ製缶・各種ブリキ製品の製造販売を行っていましたが、戦後間もないことで復旧も進んでおらず、ブリキ製品をリアカーで運び商売をしていました。当時ブリキを扱っている会社は殆ど似たような事をやっていたと聞きます。


現在の「生野金属株式会社」へ社号変更したのは昭和32年のことで、昭和36年2月に布施市(現東大阪市)に布施工場を新設、同年の7月には18リットル缶の製造を開始し、その後昭和39年には布施工場に一般缶工場を併設し営業事務所も移転しました。


昭和40年代に入ると一般缶工場では電子ジャーと砂糖缶の製造が主流でした。電子ジャーは関西が本場ということもあり数量も多く、弊社で組み立てメーカーへの出荷までを行っていました。また砂糖缶は砂糖が高級品であったということもあり、中元・歳暮用として取り扱われ、国内殆どのデパートへ出荷されていました。当時は大変忙しく、今では考えられない程多忙な毎日を送っていたようです。一方18リットル缶の方では数量も徐々に増え、昭和46年に八尾市高安に18リットル缶専門工場を設立しています。


次回は歴史の続編になります。


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